その三 「久兵衛」

 「久兵衛」が開店したのは1935年(昭和10年)、今田壽治氏が26歳の時。今田壽治氏が秋田から上京して弟子入りしたのは昭和元年16歳の時、前述の木挽町「美寿志」であった。10年の修業を経て銀座8丁目に独立する。開店にあたっては浅野総一郎氏の支援を受け、「天一」の主人矢吹勇雄氏が場所を探して店舗の設計を行ったとされる。

 「久兵衛」という店名は壽治(ひさじ)という本名の「ひさ」が「久」に通じて小僧のころから「久兵衛」と呼ばれていたので、それをそのまま店名にしたとのこと(「くいしん坊の雑誌 食食食:久兵衛聞き書き」)。「久兵衛」の二代目今田洋輔氏の時、銀座の店舗をビルとして立て替え、今は三代目今田景久氏が後を継ぐ。今田壽治氏と親交のあった北大路魯山人氏のミニギャラリーが店舗4階にある。

 80年以上の歴史の中で「久兵衛」はすし職人を多数輩出している。「鮨かねさか本店」の金坂真次氏、「鮨かねみつ」の兼光隆氏、「兼定」の中村三男氏、「鮨久いち」の出口威知郎氏、「寿し処寿々」の藤居陽一郎氏、「鮨竜介」の山根竜介氏、「すし縁」の遠藤尚人氏、「西麻布 拓」の佐藤卓也氏、「すし佐竹」の佐竹大氏、神楽坂「鮨心」の大場勉氏、西大島「與兵衛」の鈴木信夫氏、「西麻布鮨葵」の吉村淳氏、渋谷「秋月」の秦英樹氏など。さらに孫弟子、ひ孫弟子とその系譜は続いており、「Q系」と呼ばれているらしい。修行内容や修行期間など「久兵衛」との関わり方は様々であるが「久兵衛」の遺伝子を受け継いでいることに変わりはない。

 

(追記)2020年3月9日

 「西麻布鮨葵」は閉店し、同じ場所に西麻布「鮨ふくじゅ」(銀座「鮨ふくじゅ」が出店)が2020年2月オープン。板長は同じ吉村淳(じゅん)氏。

 

(追記)2020年3月10日

 「すし佐竹」は2020年2月に閉店した。

 

(追記) 2021年5月4日

  2020年2月に閉店した「すし佐竹」が、2021年5月27日「佐たけ」として銀座に再オープン。

 

 

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  • 参考書籍

 

「銀座のすし」山田五郎著 文春文庫 2013年 文藝春秋

「くいしん坊の雑誌 食食食(No.19-21)」1979-80年 みき書房

東京生活別冊「東京のすし通になれる本」 2006年 枻出版社

dancyu」2010年1月号 プレジデント社