その二十二 「美家古鮨本店」

 「弁天山美家古寿司」で修業した加藤博章氏が第二次世界大戦前に柳橋に開業。加藤博章氏が徴兵されたために店を閉めるが、戦後に復員した後に出前専門の形で再開し、その後1950年に「美家古鮨本店」として店舗を構えた。その頃の経緯は「神田鶴八鮨ばなし」(師岡幸夫著)に詳しい。

 その後、現在の場所に移転し、五代目(二代目)の加藤祐宏氏が継承し、現在は六代目(三代目)加藤章太氏が暖簾を継いでいる。

「美家古鮨本店」のホームページには文化年間(1804年〜1817年)に初代加藤赤助氏が屋台を始めたのがはじまりで、1866年(慶應2年)の二代目の時に現在の様な店を構えたとあり、その時から数えて現在の加藤章太氏が六代目と言うことになっている。

 加藤博章氏の弟子には「鶴八」の師岡幸夫氏を始めとして、「鮨一心」から「銀座鮨わたなべ」として独立した渡部佳文氏や「江戸前鮨 英(はなぶさ)」の中島英樹氏がいる。また「美家古鮨」の名前で新宿などに支店、暖簾分けあり。いくつかはすでに閉店となっている。

 

 

 

 











 

  • 参考書籍

 

「神田鶴八鮨ばなし」師岡幸夫著 1986年 草思社