その二十八 「青柳」

 「寿し屋の勘八」はすし職人の修業の場でもあり、系列店も多数あるが独立開業する職人も多い。「寿し屋の○○」「勘○」「○勘」などの店名は「寿し屋の勘八」出身者が多い。たとえば「すし屋の勘六」「すし屋の野八」「すし屋の芳勘」など。

 「すし屋の野八」の二代目池野弘礼氏はシャリが米一粒のミニ寿司を作る。「まつ勘」の小松健児氏は「寿し屋の勘八」や「久兵衛」で修業し、1978年に麻布十番に創業した。

 祖師ヶ谷大蔵の「青柳」(閉店)も「寿し屋の勘八」出身。ご主人の青柳武氏は、明治の末の1896年(明治29年)に柳橋に創業した「寿司勘」の青柳勘次氏の甥にあたる。青柳勘次氏は昭和天皇の御前で握ったこともあるとのこと(TBSテレビ:https://www.youtube.com/watch?v=_6Ir5DiOmx8)。

 その後、青柳勘次氏の七男青柳利男氏が1951年に銀座に「御寿司處銀座青柳」を開店。1960年に三原橋に移転となるが1989年に閉店した。「御寿司處銀座青柳」は紹介者なくして入れない店であったらしい。

 

(追記)2021年9月13日

 等々力の「すし処會」で13年ほど修業し、フレンチでの修業歴もある上野純平氏の渋谷「鮨五徳」(移転前は「五徳」)を系譜に追加しました。

 

(追記)2021年9月7日

 祖師谷大蔵の「青柳(閉店)」で20年修業した楠本光秀氏の「寿し屋の楠本」と学芸大岳の「すし屋の芳勘」出身の中山信博氏が営む等々力にある「すし処會」を追加しました。

 

(追記)2021年2月7日

寿司・懐石處 やなぎ2代目様よりコメントをいただき、訂正・追加しました。コメントいただいた寿司・懐石處 やなぎ2代目様に深く感謝申し上げます。

 

(追記)2020年9月8日

 「青柳」で修業を始めた荒川真也氏の「鮨来主」、「すし屋の塾」で小竹俊雄氏に師事した山口芳郎氏が営む千葉県鴨川の「すし処 と貝」、「勘八本店」などで修業した佐藤陽一氏の西麻布「鮨いち」を系譜図に追加。 

 

 

 

 

 













 

 

 

 

  • 参考書籍・その他

 

江戸前にぎりこだわり日記」川路明著 1993年 朝日出版社

TBSテレビ:https://www.youtube.com/watch?v=_6Ir5DiOmx8

dancyu」1993年5月号 プレジデント社