その四十八 「すし浅尾」

 中澤圭二氏は26歳の時に「すし匠さわ」の店長となるが、その時の弟子が、22歳の浅尾英二氏、21歳の齋藤敏雄氏、そして17歳の岡正勝氏であった。四谷「すし匠」を始めるときに規模を縮小する中で、中澤圭二氏の命で浅尾英二氏は沼津のすし店に移動し、そこで生魚を多く扱った。四谷「すし匠」を1993年11月に開いたあと、浅尾英二氏はその暮れまで店にいたが、年明けには沼津に移動。その後も四谷「すし匠」に手伝いで入ることがあったとのことで、四谷「すし匠」のオープンの翌年の夏から「すし匠」に入った佐々木啓仁氏とは、その頃から親交がある。佐々木啓仁氏は2001年に秋田に同名の「すし匠」を開業して現在に至る。

 浅尾英二氏はその後、中央区佃のリバーシティにあった和食「さくら亭」の料理長を経て、2007年、月島「すし浅尾」を開業した。 

 その「すし浅尾」で修業歴があるのが野口智雄氏である。野口智雄氏は15歳から会員制のすし店で修業し、「すし浅尾」で2年あまり修業した後に代々木上原に「すし久遠」をオープンした。「すし久遠」にある江戸切子は野口智雄氏の父親である名匠・黒川昭男氏の作品。「すし浅尾」の江戸切子も黒川昭男氏の作品である。

参考URL:https://wazamon.net/craftsman/kurokawa/

 

 「すし久遠」では「鮨あらい」の新井祐一氏や「鮓村瀬」の村瀬信行氏などが修業している。また、乃木坂「鮨處かざま」、西麻布「鮨真」から「すし久遠」に移って二番手を担っていたのが菅谷崇之氏である。菅谷崇之氏はその後「鮨あらい」に移り、2018年に赤羽橋駅の近くに「鮨すが弥」をオープンした。

 

 

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  • 参考書籍

鮨屋人間力」中澤圭二著 2007年 文藝春秋

「旅する江戸前鮨「すし匠」中澤圭二の挑戦」一志治夫著 2018年 文藝春秋