その五十 「すし匠まさ」

 岡正勝氏は16才の時に銀座のコリドー街の「すし㐂(閉店)」というすし店で佐々木啓仁氏(秋田「すし匠」)と一緒に働いていた。その後、佐々木啓仁氏とともに六本木の「むらた(閉店)」というすし店で働いている時に中澤圭二氏と齋藤敏雄氏が客として来たのが中澤圭二氏との最初の出会いであった。中澤圭二氏が「すし匠さわ」を開業するにあたり、そのメンバーの一人として岡正勝氏を引き抜いた。岡正勝氏は四谷「すし匠」での修業の後、青山「海味」に2年7ヶ月の間、長野充靖氏のもとで働いた。1990年台後半のことであった。その後、自らの意思で大阪、富山、六本木などのすし店で修業し、2004年西麻布に「すし匠まさ」を開店する。

 「すし匠まさ」「すし昴」「匠達広」で修業した岩瀬健治氏は2012年、新宿に「すし岩瀬」を開業。2017年には都庁近くに移転して現在に至る。

 また、四谷「すし匠」「すし匠まさ」「匠達広」で修業し「すし岩瀬」では二番手を勤めた天木雅章氏は2015年、名古屋で「あま木」を開業した。

 前岩和則氏は神泉「小笹」、「すし匠まさ」などで修業。「すし匠まさ」では二番手を勤めた。その後、生産者を訪ねたり地方を巡ったりして、さらに中華の「茶禅華」でも1年ほど修業し、28歳で独立して広尾「すし良月(あきら)」を立ち上げた。屋号は御祖父様の名前に由来している。ちなみに場所は「鮨心白」の跡地。

 

 

 

 

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  • 参考書籍

「一個人」2007年1月号 KKKベストセラーズ