その二十五 「寿し屋の勘八」

 「寿し屋の勘八」の創業は1953年で、創業者はすしの職人ではなく経営専門の中村孝行氏と言う人で、現在の代表者は中村達氏。初代の親方は飯沼春吉氏と言い「三長会」に属する優れた職人であった。銀座7丁目に創業し、その頃には「喜久好」(閉店)の清水喜久男氏や「鮨處寬八」の山田博氏などが飯沼春吉氏のもとで修業していた。

 

清水喜久男:その十一 「すゞ木」「山路」「喜久好」 - すしの系譜

山田 博:その四十五 「鮨處寬八」 - すしの系譜

 

 二代目は小竹俊雄氏(旧姓岩田)で、後に馬込に「すし屋の塾」と言う店を開店した。目黒「寿司いずみ」の佐藤勇氏とは、勘八時代に兄弟弟子の関係にあったとのこと。「すし屋の塾」ではその名の通り弟子を育て、上池台の「すしやの三拍子」や馬込の「すしやの嵯峨」はその出身者の店。

 「寿し屋の勘八」は「三長会」と関係が深く、三代目の開田孝氏も「三長会」に属していた。開田孝氏は「久兵衛」などで修業し「寿し屋の勘八」で勤めた後、勘八グループの銀座「まんまる鮨」(閉店)に移ったあと上馬「すし屋の勘太」として独立した。その店も1990年に閉店したとのこと。

 

 

 

 

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  • 参考書籍

 

江戸前にぎりこだわり日記」川路明著 1993年 朝日出版社

「失われゆく鮨をもとめて」一志治夫著 2006年 新潮社

江戸前鮨 伝統の技と真髄」清水喜久男著 2011年 講談社